ふいごの歴史 4 近世

ふいごの歴史  古代  中世  

 近世においては、鍛冶屋はもちろん、金銀銅の精錬・加工の場合にも、一般に風分庫付きの箱鞴が用いられたが、 規模の大きい製鉄炉や熔解炉の場合には板踏鞴が用いられ、17世紀末から18世紀初頭の間にはそれから改良工夫された天秤鞴が発明され、 高殿炉製鉄の効率を著しく高めたのである。

 板踏鞴の起源については定かでないが、14・5世紀ごろの作成になるものと考えられる。
12世紀末の東大寺再興絵巻(東大寺所蔵)の大仏鋳造図には板踏鞴が描かれており、またはるか下って 19世紀後半に活歴した錦絵画家小林清親の川口鋳物師図にも背景に板踏鞴を踏む数人の労働者の姿が描かれているので、 中世以来一貫して大規模鋳造の用具として鋳物師の手で伝えられ、鉄山で天秤輔にとって代られたあとも生き残り、 近代に及んだものとしてよいであろう。

板踏鞴

天秤鞴

鋳掛師

講座・日本技術の社会史 第5巻   採鉱と冶金 日本評論社 1985年   p274-276  今井 泰男



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