姫路城の大きさ
城は東西950〜1600m、南北900〜1700m、周囲4200m(1里23町)、面積230ha(70万7千坪)で、
甲子園球場の60倍ほどの広さを持っています。南の中濠は今の国道(2号線)東行一方通行、
外濠はJR姫路駅の近くにありました。
築城の背景
徳川家康は、関ケ原の合戦に勝って天下制覇が目前になりましたが、なお大阪城の豊臣秀頼が
西国の諸大名と手を握る危険がありました。姫路の地はこれを遮断し、また大阪城の背後をつく
絶好の位置にありました。
そこで家康は、娘、督姫(とくひめ)の夫で
信頼のおける池田輝政をこの地におき、備前、淡路
合わせて一家で87万石、実際は97万8千石を与え、大阪城に匹敵するこの城を築かせたのです。
それから本多、松平、榊原、酒井と赤松貞範(さだのり)
以来13氏48人が約530年間在城しました。
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