<ピレウス港>

 紀元前5世紀、アテネの外港として建設された港です。当時、ペルシャと戦っていた アテネでは外敵に襲われないために、城壁に囲まれた港が必要だったのです。内部が広く、 入り口の狭い、港として天然の良好な地形を生かして港が築かれました。造船所や穀物倉庫などが 計画的に設置されたりっぱな港です。海からの侵入に対しては、入り口に鎖を沈め、 外敵の侵入時には鎖を張って入港を禁止したのです。この時、初めて鎖が使われたとされています。  今回のオリンピックでもこの湾内には客船を多く停泊させ宿泊設備として利用しました。 VIPが多く宿泊するため、警備はすごかったようです。共同通信の記事は以下のようです。

海上テロを許すな 厳戒の港で警備公開 [ 08月09日 21時03分 ] 共同通信

 アテネ五輪の最重要警備地区の一つ、アテネ南部・ピレウス港の 警備状況や施設を港湾当局が9日、公開した。
 2100万ユーロ(約28億5600万円)をかけて港を改修、このほど完成した。 不審船や海中の不審者を発見するためのセンサーや200以上の監視カメラを設置。 港をフェンスで囲み、沿岸警備隊約2000人のほか陸海空軍の兵士が警備に当たり厳戒態勢を敷いている。
 船による自爆テロを防ぐため、長さ数十メートルのゴムの浮輪を多数浮かべて警戒。 巡視船艇が港の入り口付近をパトロールした。
 ピレウス港は、五輪期間中にブッシュ元米大統領やブレア英首相など各国の要人や 大会関係者ら
計約1万5000人が宿泊する大型豪華客船数隻が停泊する。 【アテネ9日共同】

 ギリシャがペルシャと戦った2,500年前と今、人間の考えることは同じなのかな?
平和の祭典『オリンピック』のテレビ放映を見ながら、多くの疑問を感じました。
         ピレウス港とペルシャ戦争

BC.499年  ペルシャ戦争勃発ペルシャ、ギリシャが激しく戦う。
BC.493年  ギリシャの将軍に就任したテミストクレスが、従来の開放的な港ファレンスの
         かわりに堅固な要塞を持つピレウス港建設。
BC.480年  ギリシャはペルシャ軍の攻撃を受けるが、200隻の海軍艦隊が撃退する。

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