図書 『むらの鍛冶屋』
田畑にかこまれて草葺きの家々がたち並んでいる。そのうちの一軒から槌音が響き、 なかをのぞいてみると、火床(ほくぼ)で一徹そうな鍛冶屋が火花をちらして注文の鍬を 打っている。この書名である「むらの鍛冶屋」から連想する情景はたとえばそうしたものであろうか。 けれども、私達の鍛冶屋をたずねる旅をふりかえってみて、最も印象に残っているのは、 それとはまた違った趣である。その時代の動きを敏感に把握しながら、働き盛りの鍛冶屋が互いに 腕を競いあい、互いにつながりをもつてひとつの世界をつくっていく、そんな勢いがまず頭にうかぶ。 そのため、「むらの鍛冶屋」と書名を付したものの、その内容の半ばは「鍛冶屋のむら」についての 記述となっている。いや、本稿は野帳のなかからまずそうしたことに重点をおいてとりまとめたレポートと言える。 とはいえ、これまで見てきたように個々のあり方は一様ではない。その性格や成立が違うにしても、 いずれも同じように正月二日の初打ちや秋のフイゴ祭の行事を行ない、また、むらの暮らしのなかに、 農業集落とは違った力強さや積極性、華やかさを共通して持ち伝えてきたように思う。甲南町深川付近に 響いていた野鍛冶と鋸鍛冶の槌音は、鍛冶屋のもつこのふたつの面を語る響きでもあったのだろう。 (P216-217より) 火床(ほくぼ):一般的にはほどと読んでいます。 |
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