「走る湯玉」

 鋼と地鉄の鍛接は火造りの中では土台づくりのような作業で、道具としての形が見えてくるのはまだ先です。 包丁ならアゴを付けて込みの部分を延ばし、形と大きさを整えます。鉈(なた)のような厚みのある刃物なら、 ある程度、刃の傾斜を付けておき、それから水打ちをします。

 水打ちは水ならしともいいますが、水で濡らした手鎚で、赤く焼けた鉄を細かく叩く作業です。こうすると、 触れたときの気化爆発の衝撃で鉄の表面の酸化皮膜がはがれ、肌の仕上がりがきれいになります。
 村の鍛冶屋の唱歌に「走る湯玉」という言葉がありますが、それはこの水打ち作業の様子を唄ったもので、 鍬なんかの場合は、それこそ蓮の葉の上を朝露が転がるように、湯が玉になって走り回ります。

 水打ちが終わったら、焼き鈍(なま)しといって、再度赤めたものを藁灰の中で、ゆっくりと冷やします。 そうすると、温泉に浸かると体が楽になるように、鎚の打撃で溜まっている鉄の中のこわばりが抜けていきます。 鋼の分子構造も変わるようです。
 あと、グラインダーで面を取ったり粗研ぎをすれば、ほぼ道具は完成で、残る主だった作業は、 焼き入れだけということになります。

鍛冶屋の教え かくまつとむ 小学館 1998年

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