姫路のくさりづくり
姫路の地は古くより、先進技術集団が韓国より渡来し、製鉄業・鍛造 業・鋳造業が根づいていました。名古山遺跡(紀元前1〜2世紀)より 銅鐸の鋳型や鉄片が出土しています。それらの先進技術は釘鍛冶や 野鍛冶(農具の修理を主とする鍛冶屋)として営まれ、この地に鍛冶屋 の火を燃やし続けていました。
明治末期、姫路(白浜町)出身の瀬川長蔵氏が大阪で製鎖業を営み ました。その受注量が増大し、本社工場の生産ではとうてい間に 合わなくなり、大正初期に木場工場(姫路市木場)を建設しました。
釘鍛冶や野鍛冶の技術を持った人達がこの当時の新商品、鎖の製造 に情熱を傾け、鍛接鎖の一大産地を形成してゆきます。
弊社では初心にかえり『むらの鍛冶屋』のように、何でも気軽に頼める 会社になってゆきます。
写真説明
姫路市飾磨区阿成
(しかまく あなせ)
にある早川神社に奉納されている鎖の絵馬です。
大正7年11月 加藤安太郎 と記されています。
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