金角湾封鎖の鉄鎖



 1453年4月6日、メフメト2世が率いる10万人のオスマン軍は陸と海からコンスタンティノープルを 包囲しました。これに対しビザンティン軍は城塞を補強し、金角湾に鉄鎖を張って防御を固めました。 メフメト2世は艦隊の一部を陸路で湾内に送る奇策を成功させると、陸上と海上から砲撃を加えて 陥落させました。
 この金角湾を封鎖した鎖は、河川の架橋工事に使ったものと違って、サイズも量も桁違いに大きい。 錬鉄を鍛造加工したもので最大約10cm角、平均的な環状の断面は5〜7cmのほぼ隅丸角形であり、 環の外長約35〜45cm、外幅25cm前後です。中央がくびれて8の字形に圧接されているもの、 くびれの部分にスタッドを入れたもの、楕円形に近いものなどがあり、鍛冶工を総動員して、 急造したことがわかります。
 敷設は両端を皮紐で緊縛したとされていますが、固定には大形の鋏状をした金具を装着して さらに念を入れて革紐で固定させたものでしょう。海上封鎖のためには領を水面すれすれに保持 しなければならないが、鎖の沈下を防ぐためには筏や本船を多数浮かべ、その上に設置していったものという。
 900m張られた封鎖用の鉄鎖は少なく見積もっても50トンを越える重量です。こんなに多くの 鉄はどこからどうして入手したのでしょう。
 太さは細いが、九頭川の船橋に使われていた鎖と非常によく似た形状をしています。

参考図書

クロイック 世界全史  (株)講談社  1994年
シルクロード鉄物語  窪田蔵郎 著  雄山閣  1995年
富山市郷土博物館  



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