私の体験記
不思議な体験
| 夢 | ||
| 小さい頃、よく赤い鳥居の回廊にたたずんでいる夢を見ました。 今は予知夢をよく見ます。 例:自分の出産した子が男の子だったこと、父親の死期など、もっとスケールの大きいものも見ましたが、ここでは発表しません。 |
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UFO |
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「エエッ!!」っという驚きとともに夜空を見上げると、大きな円盤でした。赤、青、黄色の電飾が回転しながら地上約10メートルを悠々と西南から東北の方角にとんで行ったのです。 その間2分くらい。人通りはほとんどまばらになっていたものの、私の前には50歳くらいの男性が自転車をこいでいたのです。 また、交差点だったので、車もまばらに通っていました。あまりにも周りが平然としていたので、世間知らずの私は、これは今、ニュースで話題の「気象衛星」なるものだ、と思い込み2〜3年がたちました。でも実際は違うかったのですね。 「未知との遭遇」という映画では、私が体験したUFOとの出会いの状況(独特の音や振動)が同じだったのでゾクッとしました。
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| 金縛り | ||
20歳位からよく合うようになりました。 近親者(私をとってもかわいがってくれたいとこ)が自殺をはかる20日前くらいから、一睡もできないくらいひどい日もありました。 見たことはありませんが、何となくいや〜な空気というのは感じます。そういう時は、必ず強烈な金縛りにあうので、夜眠るがトテモ恐かったです。 |
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| 肥塚先生との出会い | ||
| 毎夜のように金縛りにあい、誰にも相談できず悩んでいました。たまたま、会社に出入りしている業者の人と言葉を交わしているうち、「このひとなら私の悩みを打ち明けあられる」と藁にもすがる思い・・・・。 その人は京都を本拠地とする新興宗教の信者でした。 (ですから、チャクラとかマントラということばもなんとなくこの人から聞いてしっていました。) 悩みアは聞いてもらえ、共感してもらい、色々な霊場に連れて行ってもらいその人の力の限りを尽くしてもらったのですが、肝心の金縛りの減少には、ほど遠かったのです。 「もう君に教える事はない」とまでいわれ、「あとは気功やヨガの道場にいってみたら」と勧められました。 そこで、ハローペジで「愉伽カイロプラクティック」という名前が一番に飛び込み、またまた、藁をもすがる思い・・・。 さっそく電話をし、話を聞いてもらいました。 私の悩みを即座に理解して頂き、じっくり親身にこたえていただいたのが、とても印象的でした。 「ここならなんとかしていただける」と思いました。 実際、月に2〜3度、気を入れていただいて、金縛りの回数・強度は除所に減少し、1年くらいでほとんどなくなりました。 あれから十数年、先生のお人柄とお力にすっかり魅了さ れ、さらなる精進をさせてもらっています。 |
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| 結婚・出産 | ||
| 幸運なことに、結婚をしても肥塚先生と遠く離れることはなく近隣へと嫁ぎました。むしろ近くなった位です。でも、仕事・家庭・母親をしながら、2〜3年は、ほとんど疎遠でした。先生もきっと、もう縁が無くなったのだと思われたでしょう。 しかし 、事件は起きたのです。1回目は追突、2回目は正面衝突。それも、たった1ヶ月の間に・・・ 1回なら、私の不注意だけだと済ませることもできるでしょうが、胸騒ぎがするので、やっぱり先生のところにすがりました。 そして「これは先祖からのメッセージ」といわれ、ガ〜ン。 なぜ私にだけ・・・・・、という思いにかられながらも、先生のおっしゃるとうり、ある行者さんのところでお位牌を作って頂きました。(その宗派独自のお位牌で、新興宗教ではなく長い歴史のある宗派です) |
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| 行者さん | ||
| そして、2年間くらい毎月、その行者さん宅でお参りに参加させて頂きました。 ある時、お参りをいている最中に、年老いた信者の方が、私に向かって手をあわせ、涙を流しながら「よく(我々が苦しんでいることに)気が付いてくれた。ありがたい、ありがたい、。」と先祖が、口を借りて(とはその信者さんの言葉)そういわれたのです。私はただ、先生のご指導のもとに行っていただけなのに。 でもそれは、目に見えない先祖が、私を頼ってきてくれているということだったようです。 今では、お位牌が6体あります。 なぜなら、現世で私とゆかりのある先祖が、あらゆる形で現象をおこし、メッセージとして伝えてきたのです。私の子供にまでその現象が及べばお祀りしないわけにはいきません。 |
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びるしゃなぶつ |
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| 父の病気 | ||
| まさか、という思い。今、私にできることは何?なにかしなければ、精一杯・・・・・・・・・。 今度もすがる思いで、先生に相談させていただきました。 しかし、父は非現実的なことを極端に嫌う人でした。ですから、本人に気付かれずに、少しでも快方に向かえるようにするにはどうしたらよいのだろう?と。 先生(仏像からのメッセ−ジ)からは、最善のお答えを頂きました。それは、父の写真を仏像の足元に置かせて頂くことでした。早速、より粒子の細かい高感度カメラを先生にお借りして、父の写真を撮り、仏像の御足元に・・・・・。 私自身が父にできることは、《仏像が父の患部に鎮座して頂いている》ことを強くイメ−ジすることのみでした。 |
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| ガン細胞が減少した | ||
医者から「治療は最善を尽くしました。あとはご家族の方と一緒にお過ごしください」と、医者から匙を投げられたち父。 私自身の目にも、もう一ヶ月生きられるか・・・・・というほど衰弱していました。 しかし、奇跡は起こったのです。一ヶ月後には、ふっくらと元の顔に戻りました。それだけではなく、二週間に一度、投薬と投薬治療に通っていた病院でかかりつけの医師が、首をひねるほど快方に向かっていました。がん細胞が減少した・・・・・・。 それから半年ほどは、第一級障害者手帳を頂いているとは思えないほど、普通に生活を続けていました。大好きなお酒も辛いものも、何でもたべられ、ウォ−キングを楽しむ毎日をすごしていました。 でも季節の変わり目に、風邪をこじらせ、がん細胞が再び進行していました。 |
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| 予知夢 | ||
| 父の死の半月前から、2回ほど予知夢をみました。一回目は、斎場のある建物(市の斎場は、ある国を模した独特の建物です。)が現れました。それが予知夢と知ったのは、父の死後でしたが・・・・。 二回目は、父の歯が入れ歯のように、上下とも風呂場にころがっている夢でした。「覚悟をしておきなさい」と先生にいわれこれが現実にならないことを祈るのみでした。しかし、あえなく逝ってしまいました。 |
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| 死後、すぐに天界へ召された父・・・ | ||
亡くなってから四日後、少し落ち着いて、父のことを考えながら眠りに就こうとウトウトし始めた時、フッと瞼に父が現れました。その姿は、死の直前の年老いたものではなく、凛凛しい若者の姿でした。白い衣装をまとい、すっきりした表情でしばらくじっとしていたかと思うと、すっと消え、次はクリスタルでできた神殿がうつしだされました。 きっと、これからの自分が住まう場所をしらせてくれたのでしょう。 先生がおっしゃるには、若い姿で現れたのは、それだけ浄化している、とのこと。 父は死んですぐに浄化したようです。いや、生きている間に、すでに浄化したのかもしれません。 |
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以上が私の体験談です。