日本最古のくさり

鉄鐸(さなぎ)
 信濃国一の宮として全国に1万余の御分社をもつ諏訪大社は、諏訪湖を隔てて南北に上社、下社があります。 上社は本宮と前宮に、下社は春宮と秋宮に別れており、これら4社を合わせて諏訪大社と言います。 上社の祭神は建御名方命(たけみなかたのみこと)、下社はその妻の八坂刀売命(やさかとめのみこと)で、 武神・農耕神・狩猟神・風神として武田信玄など武将の信仰も集めました。社殿は四方を御柱(おんばしら)に囲まれ、 その内部に東西宝殿、幣殿、拝殿などが配置された諏訪造。上社にはその背後に神体山(しんたいざん)が、 下社には神木が立つ。建御名方命は出雲神話の国譲り伝説に登場し、破れて信濃に逃げてきた神です。

 ここには『湛(たたえ)神事』と言われる、古くから行われている行事があります。

その儀式に使われる高鉾に付けられた鉄鐸(さなぎ)は銅鐸の原型と目され、弥生時代から使われていたのかも知れません。

 鉄鐸は鍛鉄で作られ高さ約18cm厚さ1.7o程度です。鐸の中にぶらさげられた舌(ぜつ)は8角形の断面を持っています。 鈴のような綺麗な音ではなく、ガシャンガシャンという鉄管の触れ合う音で決して荘厳な音ではなかった、と著者は記しています。

 かんぬきに留められた吊り環は舌をぶらさげ、上はひもで鉾につながれた3ケつなぎのリンクです。 番号3は溶接なしのリンクですが4は上下のリンクが鍛接リンクのようです。又、6は3リンクとも鍛接されています。 この鉄鐸とリンクが同じ時期のものとすれば日本最古、弥生時代の鎖です。 もちろん、傷みによって何度か修理もされているようですが。

参考図書  銅鐸  藤森栄一  学生社  1964年

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