灘のけんか祭り−八家−


灘地区東部にある八家(やか)地区は旧七ヶ村中最も小さな村。村名は、昔この地には八軒しか家がなかったことに 由来するとか。 しかし「少数精鋭」の練り子たちはケタはずれのチームワークを見せつける。 「ヤッサ(屋台)を落とせば八家の恥」と言われるほど屋台練りのうまさにかけては他村を圧倒している。 あまり灘祭りを知らない人が見れば妻鹿屋台と見間違うかもしれないが、その練り方は対極に位置している。 14日宵宮にみせる妻鹿との練り合わせはまさに「柔」と「剛」との見事な競演である。 また、その変幻自在の練りをコントロールする太鼓も元禄15年、当時の姫路城主・本多忠國が登城太鼓として 摂州・渡辺村の「太鼓屋又兵衛」につくらせた名作。300年の歴史を響かせるその音は、練り子の心を奮わせ、見ている者を祭りに酔わせる。 屋根の紋は妻鹿、松原と同じく四方とも「左三つ巴」である。平成26年に屋台を新調。

10月13日の祭り前夜には屋台練りの練習が行われました。 屋台練りのうまさの秘訣が隠されているかもしれません。 是非、一度見に行かれてはいかがでしょうか?


15日本宮、八家は広畠に最後に入ってくる、最も長く祭りを楽しむことのできる村です。 そのため、他の六村が御旅山上へ向かうと広畠は八家だけになってしまいますが、それからが八家の独擅場。 大観衆の目を独り占めにしつつ、思う存分、変幻自在の練りを披露します。


昭和40年に開催された「姫路博覧会」では、 灘七ヶ村の屋台練りが行われました。これはその時の八家(先々々代)の屋台練りです。 鉢巻が現在とは違い白色になっています。


「姫路博覧会」での八家と東山との練り合わせです。この見事な練り合わせは現在においても続いています。


14日の宵宮、お宮へ向かう道中に山陽電鉄八家駅前で木場との練り合わせが行われます。互いの健闘を祈りあう見事な練り合わせです。


屋台を落とすことを「恥」と位置付けている八家村。当然、屋台が他村より軽いわけはありません。 そのなかで「八家は練り上手」と言う定評を守り続けなければならない八家村民のプレッシャーは相当なものがあるかと思われます。 しかしそんなプレッシャーなど微塵も見せず、華麗な練りを披露するその姿、「八家の心意気」がそこにはあります。