灘のけんか祭り−妻鹿−


灘地区の最西部の妻鹿(めが)地区。地名は、大昔このあたりに牡鹿と牝鹿がおり、牡鹿は海を渡り島(現在の家島諸島・男鹿島)へ、牝鹿はこの妻鹿の地に入ったことに由来するとか。 灘のけんか祭りが「妻鹿のけんかまつり」と呼ばれるように妻鹿なくして灘祭りは語れない。 重量感あふれる屋台ばかりが揃う灘地区において、その中でも最重量を誇る妻鹿屋台は、屋台を担ぐときその重量ゆえに 練り子が担き棒を腕で支え、屋台を地面にたたき突け、反動を利用して地響きとともに練り上げる「胴突き」と呼ばれる方法をとる。 また、7年に一度訪れる練り番のときには「神輿の三台練り」という他村には真似のできない妙技を見せる。 平成20年に屋台と壇尻を新調。屋根の紋は四方とも「左三つ巴」である。

妻鹿には獅子壇尻もあり15日本宮の御旅山では獅子が舞いながら国道を妻鹿方面へ疾走、 20万人の目をくぎ付けにするとともに祭りの興奮を最高潮にもっていきます。


妻鹿の怒涛の宮入と同時に楼門前には朱赤のシデの華が咲きます。


胴突きの瞬間です。伊達綱の房は激しく揺れ、錺金具が落ちることもしばしばあります。 地面からはかなりの振動が伝わってきます。


昭和39年新調時の妻鹿屋台です。屋根の深さは現在とあまり変わっていないでしょうか。


同じく昭和39年新調時の妻鹿屋台です。お分かりにくいかと思いますが、狭間の部分には東京オリンピックにちなみ、五輪が彫り込まれています。


宮入後に妻鹿は中村の日参をくぐり、通称「花屋の角」と呼ばれる所まで宇佐崎を迎えに行きます。名場面の一つです。 平成20年度は宇佐崎が練り番で屋台を出さないので、差し上げて応えたのは中村屋台でした。