灘のけんか祭り−東山−


灘地区の北東部に位置する東山(ひがしやま)地区。地名も松原八幡神社から見て東方の山に位置していることに由来する。 現在の屋台は平成2年に新調され、平成12年には百年ぶりに屋根の紋「千成瓢箪」を新調した。また、15日本宮に使用する屋台の擬 宝珠は、宝珠部に純銀、伏鉢には波の文様に純金と純銀の千鳥を配した国宝級の一品。それだけで他村の屋台が買えるといわれている。 かつて羽柴秀吉に社領を減らされ、神社内での生活が困難になった松原八幡神社の神役人の多くはこの東山に移り、百姓をしながら祭 儀の際には役目を果たしたという。 こういういきさつから松原八幡神社の宮本を務める東山は、14日の宵宮、15日の本宮とも一番最初に宮入りを行い、灘祭りの始まりを 告げる。

先々々代の東山屋台です。昭和初期に新調された屋台で、現在の屋台に比べて屋根がだいぶ浅いです。


宮前でしょうか?何年の画像かは分かりかねますが、女の子の着物姿に時代を感じます。


同じく先々々代の東山屋台です。茶色に金糸の伊達綱をつけています。


東山と八家の練り合わせです。この練り合わせを見ずして灘祭りを見たとは言わせません。


東山をはじめ、10月1日には拝殿内でお祓いを受けます。 役員さんの着ているジャージの背中に刺繍されている「千成瓢箪」から、 宮本としての誇り・責任感があふれています。 ともすれば荒々しさばかりが注目されてしまう灘祭りですが、 その灘祭りが無事に行えるのも役員さんの細やかな気配り・表に出ることの無い苦労があるからです。


東山は宮入りの際、楼門前で屋台を差し上げた後、今度は進行方向を180度回転させ、後ろ向きで再び差し上げます。 これは、神社内で祭儀の役を務めている東山の神役人達が、東山の屋台練りを少しでもたくさん見ることができるように行われていたのが今に続いているとのことです。


屋根の紋は「千成瓢箪」です。明治時代に入り菊紋をみだりに使用することが禁止された際、 十六枚の花弁からなる菊紋に似せて、十二個の瓢箪からなるこの紋を造りました。 千成瓢箪は太閤秀吉の馬印。社領をわずか六十石に減じさせ、自分たちを無念の人たらしめた 憎むべき秀吉の千成瓢箪を敢えて使用することにより、秀吉に服従しているかのように見せながらも 決して屈することの無かった、先人達の反骨心や強かさを表現しています。